SNS上で、ある一枚の写真が注目を集めています。
それは、礼装に身を包んだ屈強な若い米海兵隊員が、着物姿の小柄な年配の日本人女性をエスコートしている姿です。
この女性の名は、浜本万千子さん。
海兵隊員たちからは、親愛と敬意を込めて「ママさん」と呼ばれています。
彼女は単なるパーティーのゲストではありません。
米海兵隊岩国航空基地で長年にわたり貢献し、民間人でありながら「名誉海兵隊員」の称号を授与された、彼らにとってかけがえのない「家族」なのです。
浜本さんが岩国基地で働き始めたのは、1960年代のことでした。
以来、約50年もの間、彼女は一日も休むことなく勤務を続けました。
食堂での業務だけでなく、勤務時間外であっても、演習で疲れた隊員たちに温かいコーヒーや軽食を差し入れ、彼らの子供の世話や、赴任したばかりの隊員の妻たちの生活サポートまで、献身的に行ってきました。
その功績が称えられ、2011年11月、彼女は正式に「名誉海兵隊員」に任命されました。
これは民間人に贈られる称号としては極めて稀なものであり、米海兵隊総司令官の承認が必要とされる、大変名誉あるものです。
授与式の際、浜本さんは「夢のようで信じられません」と謙虚に語りましたが、隊員たちは誰もが、彼女こそその称号にふさわしい人物だと認めていました。
彼女の活動は基地の中だけにとどまりません。
地域社会への貢献も大きく、孤児院への寄付活動や清掃活動にも尽力しました。
1989年のサンフランシスコ地震の際には支援物資を届け、アメリカ赤十字から感謝状を授与されています。
また、2011年の東日本大震災の直後には、自ら先頭に立って隊員たちを被災地支援へと導き、通訳や連絡役として活躍しました。
彼女は常に、米軍と日本、そして地域社会を繋ぐ架け橋となってきたのです。
若くして故郷のアメリカを離れ、異国の地である日本にやってきた海兵隊員たちにとって、浜本さんはまさに「日本のお母さん」でした。
ホームシックになった隊員を励まし、日本の文化や温かさを教え、時には自宅に招いて食事を振る舞うこともありました。
「たった一日休んだだけでも、隊員たちが寂しがって探してくれるのです」と、浜本さんは語っていました。
現在は引退されていますが、その優しさと献身的な姿勢は、世代を超えて多くの海兵隊員たちの心に深く刻まれています。
一枚の写真から広まった、海兵隊員と「ママさん」の物語。
国境や立場を超えたこの深い絆と、一人の日本人女性が築き上げた素晴らしい功績に対して、海外からはどのような反応が寄せられているのでしょうか。その温かい声の数々をご紹介します。
海外の反応
👨🏼✈️🇺🇸 米軍の中で一番ビシッとした礼装だよな。俺は空軍の元軍人だけど、俺たちのは地味すぎて泣けるぜ。
👩🏼🦱🇺🇸 彼女の伝統的な衣装、本当に美しいわね🌹
👱♂️ 軍の中で最高のユニフォームだ。
🥋 頼むから、彼女にふさわしい敬意を払って、ちゃんとした肩書きで呼んでくれ。彼女はただの民間人なんかじゃないんだ!!!
👱♂️ 俺の目には、最高にイカした海兵隊員たちしか映ってないぜ。
👨✈️ 彼女はただの年老いた日本の民間人ではない。我々の家族だ。
彼女は何世代にもわたる海兵隊員を支え続けた彼女の生涯にわたる功績を称え、名誉海兵隊員の称号を授与したんだ。
彼女は引退してしまったが、みんな心から寂しく思っているよ。🙏🏼
👱♂️ 海兵隊が誰かにそんな称号を授けるっていうなら、その「ママさん」についてもっと知りたくなるな。
👩 気になって詳しく調べちゃったわ。なんて素敵な話なの。
👨✈️ 彼女は任務を理解していたし、海兵隊員たちもそれを認めていた。彼女のおかげで降格を免れた海兵隊員は山ほどいるはずだ。
🧑 食堂での毎朝を楽しくエネルギッシュにしてくれたのが彼女だった!ご飯を取りに行くたびに、彼女相手に日本語の練習をしたもんだよ。本当に彼女が恋しいな!
👨💻 沖縄での最初の任地にいたママさんのことを懐かしく思い出すよ。親切で、敬意があって、謙虚で、勤勉で、優雅な人だった。
👨🦳 キャンプ・シュワブにも「ママさん」がいたよ。サシという名前で、最高に素晴らしい女性だった。
👨✈️ 長年、たくさんのママさんたちを知ってるが……みんな、俺たちみたいなバカな水兵の面倒をよく見てくれたもんだよ。
👱♂️ 2000年代初頭のキャンプ・コートニーで、第3海兵遠征軍司令部の理髪店にいた女性は伝説的だったよ!20年以上もそこにいて、舞踏会には毎回主賓として招かれてたし、最前列に専用の駐車スペースまで持ってたんだ!
👨🦳 俺が知ってるママさんは一人だけだ。1982年から84年までキャンプ・キンザーにいた時、兵舎の分隊室にある小さな部屋に彼女がいたんだ。洗濯やブーツの修理を引き受けてくれててね。誰も彼女に手出ししなかったし、最高の女性だったよ。
👱♂️🇺🇸 わあ、これはすごい。90年代に、彼女のために孤児院への寄付用のおもちゃを集める手伝いをしたのを覚えてるよ。
👱♂️ 任務を支えてくれる人々に敬意を表す素晴らしい方法だ。しかも大抵の場合、彼女たちは自分がその不可欠な一部だなんて思ってもいないんだよな。
それに、日本の年配の女性たちは、この世で一番優しくて親切な人たちだよ。
👱♂️🇺🇸 最高に素晴らしい話だ。あんたたち海兵隊は本当に立派だよ。一人ひとりを家族のように愛してるぜ。さすが海兵隊の品格だな。
🧑 すごいな、その話は聞いたことがなかったよ。
👨🏽🦱 43年間の奉仕には、最大限の敬意が払われるべきだね。ママさんに愛を送るよ。
👱♂️ 彼女は沖縄にいたのかい?兄のスティーブが「砂漠の盾/砂漠の嵐」作戦に派遣される前にあっちに駐留してて、ママさんの話をしてくれたんだ。
👩🏼🎤 岩国の海兵隊員は最高よ。もちろん贔屓目もあるけどね。「弟」があそこで任務に就いてたから。
👨🏻🦳 大佐、この女性の素晴らしい奉仕の物語を教えてくれてありがとうございます!!!
👱♂️ 海兵隊の休日に彼女を招待してあげてくれ…きっと彼女にとって何よりの喜びになるはずだ。
🧑🎤🇺🇸 よくやったな、みんな。お前らのおかげでアメリカ人であることを誇りに思うよ!!!
👩 彼女から溢れ出る喜びが伝わってくるわね。
👱♂️ ノースダコタに引っ越した時、バーのオーナーが亡くなった退役軍人の奥さんだったんだ。彼女は日本出身で、俺が2003年から2004年のアルバムを見せたら、思い出に浸ってたよ。たぶん第二次大戦直後から一度も帰ってなかったんじゃないかな。
🙍🏾♂️ ママさんがいてくれたあの頃が本当に恋しいよ。
👱♂️ これぞ「名誉」という姿だ。
👱♂️🇺🇸 カッコいいな。俺のいとこも日本で大使館警備兵をしてたよ。随分前の話だけどな。
👩 ❤️❤️❤️❤️❤️🥰🥰🥰🥰🥰 全員が美しい精神を示してるわね。
👨💼 献身的な奉仕を称える素晴らしい方法だ。海兵隊員の兄を持つ身として、こういった栄誉が彼女の心に深く響き、誠意を持って贈られたものだとわかるよ。
👨🏻🦳 米軍と日本の民間人との関係について、こういうポジティブな話が見られるのは素晴らしいことだ。メディアはネガティブな話ばかり煽るからな。
🧑💼 単なる名誉だけでなく、歴史に刻まれたんだ。🙏🏼 浜本”ママさん”マチコ。英雄たちを育て上げたその生涯の功績は、引退しても決して色褪せることはない。
👷♂️ ならば、あの一晩、彼女のエスコート役を務めた若い海兵隊員にとっても、ものすごい名誉だったろうな。
👩 素敵ね。本当に、ただただ素敵だわ。🧐
🙍🏽♂️ ママさんは地球上で最も愛され、守られている人物だよ。
👩 なるほど、それ聞くともっと素敵に思えるわ。こういうの好き。
👮♂️ 正直、ただの日本の年配の民間人にしか見えないけどな。
🧑 この投稿に「いいね」を何回も押せたらいいのに。
コメントは以上になります。
多くの人々が、浜本さんと海兵隊員たちの間に流れる深い愛情と信頼に、心を打たれている様子が伺えました。
彼女の長年にわたる献身的な行動は、単なる業務の枠を超え、多くの若者たちの人生そのものに寄り添うものでした。
言葉や文化が違っても、誠実に相手を思いやる気持ちは必ず伝わり、国境を越えた尊敬と感謝の念を生み出します。
浜本さんが示した無償の愛と、それに応える隊員たちの姿は、私たちに人間関係の原点とも言える温かさを教えてくれているのかもしれませんね。

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